カサンドラの孤独を「特性の視点」で読み解く─ある夫婦の実録から

大阪・南森町にある

こころのねっこ相談室 よりぽの 代表、

精神保健福祉士(PSW)の 木村依子 です。

夫とのやりとりの中で

「どうして、こんなにも通じ合わないのだろう」

「私の伝え方が悪いのだろうか」

そんな思いを、ひとりで抱え込んだ経験はありませんか。

専門職として心の支援に携わっている私自身も

家庭の中では、立ち尽くしてしまう夜があります。

この記事は、誰かを責めるためのものではありません。

夫婦のすれ違いを、「特性の視点」から整理するための記録です。

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病み上がりの夜に起きた、ひとつの出来事

去年の暮れ、

私は急性胃腸炎で体調を崩していました。

ようやくお粥が食べられるようになった頃、

夫が「元気になってほしい」と

手作りの辛味大根のおろし蕎麦を用意してくれました。

それは、彼なりの精いっぱいの善意でした。

けれど、病み上がりの私の体は

まだ蕎麦や辛味大根を受け付けられる状態ではありません。

私は申し訳なさを感じながら、正直にこう伝えました。

「気持ちは嬉しいけれど

食べられるのは、…半年後くらいかな」

その瞬間、

家の空気が、静かに変わったのを感じました。

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なぜ、あの一言が大きなズレになったのか

私にとっての「半年後」は

体調や生活を考えたうえでの、ひとつの目安でした。

けれど夫にとっては、

その言葉が

「自分の思いを拒絶された」

という意味で届いてしまったのです。

ここには

• 時間の感覚の違い

• 善意は、すぐに受け取ってほしいという気持ち

• 否定と受け取りやすいポイント

といった、特性によるズレが重なっていました。

どちらが正しい、間違っている、という話ではありません。

ただ、感じ取る回路が違っていた。

それだけのことでした。

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夜に残った、小さな「ただいま」

その夜

私たちはお互いに距離を取り、すごしました。

理由が分からないまま傷つく

いわゆるカサンドラ症候群特有の孤独が

胸に静かに広がっていきました。

夜遅く、

リビングですれ違ったとき

私が「おかえり」と声をかけると、

夫は小さく「ただいま」と返しました。

それは

彼なりの精いっぱいの

仲直りのサインだったのだと思います。

完全に分かり合えたわけではありません。

けれど、関係が切れていないことを確かめる

小さな糸口でした。

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「我慢」ではなく、「通訳する」支援を

夫婦のすれ違いに対して、

「あなたが我慢すればいい」

「うまく合わせるしかない」

そんな言葉が向けられることがあります。

けれど私は、

それを支援だとは考えていません。

こころのねっこ相談室 よりぽの では、

どちらかを悪者にするのではなく、

出来事を 「特性の言葉」に通訳する ことを大切にしています。

そうすることで、

自分を責め続ける状態から、

少しだけ距離を取ることができます。

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ひとりで抱えなくていい

夫婦のすれ違いは、

性格の問題でも、努力不足でもありません。

構造を知ることで、

呼吸が少し楽になることがあります。

もし今、

「これ、うちだけじゃなかったんだ」

と感じてくださったなら、

その感覚を、どうか大切にしてください。